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私を使い捨ててもいいから

  • violeet42
  • 2016年11月15日
  • 読了時間: 2分

人妻の希と大学生の絵里

「次はいつ会える?」  ああ言うんじゃなかった。私が少しでもラインを越えようとすると希さんはいつもわかりやすく困った顔をする。ひどい。ひどい。希さんは卑怯だ。

「うちから電話するよ」 (次はどのくらい待てばいいの?)

 ベッドの周辺に散らばった下着や服を拾い身につけながら希さんが背を向けて言った。まだ隠さないでほしい。まだ私のものでいて。シャツのボタンをすべてしめきった希さんの小さな背中を抱きしめようとして、静かに伸ばした手をおろした。

「あの人、もうすぐ帰ってくるから絵里ちゃんも準備してや」 「出張じゃなかったの?」 「相手の女の子と揉めたんやないかなあ」

 なんでもないことのように言う希さんは柔らかく笑うから、ああこの人は引き返せないところまできているのだと思った。かつて大切にしていたものが跡形もなく壊れて苦しかったはずなのに今はもう痛みに慣れて麻痺している。  この家にはほとんど希さんの気配しかない。希さんがかつて幸せを信じて、健やかなるときも病めるときも喜びのときも悲しみのときも富めるときも貧しいときも愛すると誓った男は今は別の女の元へと足繁く通っている。そして希さんは失った心のピースを埋めるように私を甘く誘いこみ私はまんまとこの蟻地獄に引きずられている。 「絵里ちゃんも今のうちにいっぱい遊んだ方がええで。うちみたいな女、面倒やろうし」

 私を傷つけて自分の心もえぐっているもろ刃の剣のような関係。冷え切った夫婦の寝室でひっそりと抱き合う私たちはどこへ向かえばいいの?

「今日は夜ご飯、ちゃんとつくらんと」

 捧げる愛がなくなってしまった男のために食事の支度をするのはどんな気分? 近所の大学生をたぶらかすのはどんな気分? あれもこれも見ないふりをするのはどんな気分?

「希さん」 「なん?」

 ゆっくりと振り返ったかわいそうな愛しい人に、やさしく笑いかけて告げた。

「あいしてる」 

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