三千世界の烏を酔わせてあなたと朝寝がしてみたい
- violeet42
- 2016年11月14日
- 読了時間: 11分
お互いにいつもより飲むペースが早かった。 ビールや日本酒、ワイン、あらゆる種類のお酒が楓ちゃんの家には常備されている。本当に美味しそうに飲むわねと言えば、うれしそうにとろんと笑った。普段の楓ちゃんは、おだやかさと孤高を両立させて神秘的な雰囲気をまとっているけれど、酔った楓ちゃんは甘さが増す。その変化を眺めるのも楽しみのひとつだった。忙しくて予定が合わず久しぶりに一緒に飲んだせいか浮かれていたのかもしれない。時計を見れば、だいたいこのくらいだろうと思っていた時刻をとっくにすぎていた。終電に間に合わなくなる前にと、ぼーっと焦点の合わない視線をよこす楓ちゃんを尻目に手早くグラスを洗いおつまみを片付けて、また明日ねと声をかけた。ふらつく足取りで玄関に向かいかがんでヒールを履く。
「かわしまさん」 「なーに?」 「はなれたらいやです」 「今日はずいぶん甘えん坊ね」
いつの間にか背後に楓ちゃんがぴったりとくっついていて背中に重みを感じる。頭をぐりぐりと押しつけてくるその仕草がこどもみたいで笑みがこぼれた。
「どこにいくんですか?」 「もう帰らなきゃ」
立ち上がり振り向いた瞬間、口づけられた。やわらかな髪が私の頬をなでる。あまりにも突然のことで重ねられたまま呆然としていたら、しばらく間を置いた後ゆっくり顔が離れて至近距離で見つめ合った。近くで見ると左右でちがう瞳の色がよりはっきりとわかる。いつもの私たちから大きく外れた現状を他人事のように差し置いて、つよくつよく、綺麗だと思った。はっとしてうつむく。
「もう、酔っ払い」
かろうじて出た言葉に気持ちを強引に添わせた。いつもよりお互いに飲みすぎているから。仕方ない、酔っ払いだから。
「恋人はいますか?」 「なに、いきなり」 「家でまってるひとが、いるんですか?」 「そんな相手いないわよ。今日はどうしたの?」
ぐっと距離を縮めて見つめられて、近づかれた分だけ身を引く。さらに近づいて、引いて、繰り返しているうちに背中にかたいドアの感触が当たった。
「いないなら、いいじゃないですか」 「ちょっと、」
ドアとからだの間に腕が差し込まれて腰を抱き寄せられる。
「いやですか?」 「ちょっと待って」 「みずきさん」
ぎゅうっと私を閉じ込める細い腕、からだの柔らかさ、甘い香り。女の子は砂糖とスパイスと素敵なににかで出来ていると本で読んだことがあるけれど、本当にそうだと実感した。そして戸惑う。
「ここにいなきゃいやです」 「かえでちゃ…っ……ん、」
何度も何度も啄むように口づけられてその度にちゅっと音がした。両腕をのばして距離をとろうとしてもさらにつよい力で引き寄せられて呼吸がままならない。苦しくて思い切り顔を背けたら楓ちゃんの動きが止まった。
「さみしい、です」
そう囁かれた瞬間にからだの力が抜けて、どうでもよくなった。寂しいから人肌が恋しくて、あたためてもらいたい。恋人がいない気楽な相手なら尚更いい。単純な話だった。再び口づけられる。すこし口をひらいたら、ぬるりとあつい舌が入ってきた。
気付いたら意識を手放していた。 私の隣で静かに寝息を立てている楓ちゃんの寝顔はあどけなくて、さっきまでのすべてがうそみたいだと思った。けれどからだの奥にはしっかり怠さが残っている。寝返りを打ちそっと手をのばして柔らかな髪を撫でた。 楓ちゃんについて私が知っていたことは、ほんの一部だった。肌を重ねて、しらなかったことをたくさん知った。楓ちゃんは欲情すると表情が消えて射抜くような眼差しを向けて、それからすこし乱暴になった。昂ぶると首筋を、耳を、肩を、腰を、甘く噛まれた。くらやみの中でこれまでしたこともないようなことをされた。すこしかすれた声が直接耳に吹きこまれると、戸惑いながらも楓ちゃんの言うとおりにした。いつもの楓ちゃんと夜をまとった楓ちゃん、どちらも本物で、その差異が私を弄ぶ。
面倒だ、と昔付き合っていた人に別れ際に言われたことがある。なんでも一人で抱え込もうとするのに、中途半端に強くて弱い、それがすごく面倒だと。低く淡々とした声をふと思い出した。 年を重ねるにつれて好きという感情とどう向き合えばいいか戸惑うようになった。ひとを好きになると、許せないことが増える。楓ちゃん、他の人を飲みに誘ったときもこんな風にしてるの? 甘えて囁いて寂しさをまぎらわせるの? 私だけじゃないの? 愛は許すことなのに、そこに至るまでの道のりは果てしなくて私にはたどり着けそうにない。本当に面倒な女だと自分でも思う。
からだを起こし窓の外を見ると夜が更けようとしていた。くらやみが和らいで、目をこらせばぼんやりと建物や木々や車などの輪郭が浮かび上がってくる。暴かないでと心の中で願った。まだ夜でいてほしい。そんなことを願ってもどうにもならないのに。このまま夜が終わるのをじっと待っても意味がない。それに目を覚ました時にどんな顔をすればいいのかわからなくて、ベッドから降りようと右足を床へのばせば腕をつかまれた。
「みずきさん」
寝起きにしてははっきりした声音だった。
「いつから起きてたの?」 「頭を撫でてくれたときから」
ゆっくりと起き上がる気配がして、背中越しに抱きすくめられる。
「まだ帰るには早すぎます」
うなじに顔を埋めながら囁かれれば、途端にからだの均衡が保てなくなってそのまま一緒にベッドに倒れこむ。うつ伏せの私に楓ちゃんが覆いかぶさって、上から下へと背骨を指でゆっくりなぞった後に肩甲骨に歯を立てられた。
「ん……っ」
シーツを掴む。気持ちのやり場がどこにもなくて、しがみついて身をあずけることができなくて、指が白くなるほどつよくつよく握りしめた。
「息、苦しくないですか?」
背中の上に重なるように覆いかぶさった楓ちゃんが私の頭のすぐ横に手をついて尋ねる。
「優しくないくせに、優しくしないで」
ふれる手は荒々しくもあるのに、かける言葉は私を気遣うようなことばかり。
「私は」 「もう、いいから」
遮って言葉を取り上げれば楓ちゃんが身を引いて背中が軽くなる。じっと私を見つめる視線を感じて、息をひそめてただただ時計の針の音に耳を傾けた。かちり、かちり、かちり、規則的で無機質な音を数えて早鐘を打つ自分の心臓に意識を向けないようにしていたのに、そろりと楓ちゃんがこちらに手を伸ばしてきてどくんと脈打つ。指先が私の太ももの側面をやわらかく撫でた後すこし爪を立てて同じ軌道をなぞった。今度は太ももの内側も同じように触れて、足の付け根へとたどり着き湿り気をたしかめるように入り口にゆるく触れる。それから私の体に寄り添い、お腹にもう片方の腕を差しこんでそのまま持ち上げられて四つん這いのような体勢にされた。羞恥心で腰を下げようとした瞬間、いきなり指が中に入ってきた。
「んっ……ぅ……」
中をたしかめるようにゆっくりと動かされれば自然と腰が浮いてさらにお尻をつきあげるようなかたちになってしまう。
「ゃ、だ……も………ぁっ」
顔をシーツに埋めてせめて声を殺そうをするけれどうまくいかず枕を噛む。ぐっと指の関節を曲げたのを中で感じた後、簡単に私の弱い場所をさぐり当てられた。
「はぁ……ぅ…ん………あっ」
ぐちぐちとはしたない水音が速度を上げるごとに大きくなって、あのきれいな指が私の中をかきまわしているのだと思うだけで頭がくらくらした。
「あ……あっ……ん、ぁ…っ……んん」
奥の奥へと指先が中をかきわけてつよく擦り上げられる。枕に顔を押しつけてぎゅっと爪先に思い切り力を入れたと同時に果てた。
「はぁ……はぁ…っ……はぁ…」
そっと指を引き抜かれてうずくまるようにへたり込んだ。快感が長く尾を引いて酸素が足りない。朦朧とした状態でなんとかシーツを引き寄せて素肌を隠し、現実に戻ってくるまで深呼吸を繰り返し続けた。
「喉、かわきましたか?」
沈黙をやぶって楓ちゃんが静かに問いかける。呼吸を整えながら頷けばベッドサイドに置かれたペットボトルを取り、そのまま楓ちゃんがミネラルウォーターを飲んだ。ごくりと音が聞こるたびに真っ白な喉が躍動して、飲み下しきれなかった水が口の端から流れて首筋から胸元へと滴り落ちた。
「んっ…………ぅ」
私にも飲ませてと声に出す前に楓ちゃんののばした手が私の後頭部にまわってそのまま引き寄せられる。唇を重ねてゆっくりと注ぎこまれる生温かい水を飲み下そうとするけれど、何度も角度を変えて唇や舌を甘く噛みつかれ口内を探るように舌を入れられて、ほとんど飲むことができずにお互いの顎を濡らした。
「はぁ……ぁ、も……だめ」 「たりないです。もっと」
息が続かなくなって身を離しシーツで口元を隠せば、熱に浮かされたような表情で私ににじり寄って楓ちゃんがシーツを引っ張る。
「もう…空が、明るくなってきたから」 「優しくしなくていいんでしょう?」
焦れたように言って距離をさらに縮められる。お互いの膝と膝がぶつかった瞬間に素肌を包んでいたシーツを取りあげられベッドの下へと落とされた。
「全部見せてください」
至近距離で向かい合い、恥ずかしくて膝を抱えようとすれば両腕をつかまれて押し倒される。楓ちゃんの視線に捕まらないように顔を背けたら、馬乗りの状態で身を寄せて胸の先端を口に含まれた。
「ぅ、ん……やだ……ぁっ」
先端を舌でなぞって歯を立てられれば、もっともっとと欲しがるようにかたさが増して首が仰け反る。行き場のない悦びに耐えるようにこぶしをつよく握りしめた。
「気持ちが悪いですよね」
楓ちゃんの手が、肘のあたりから上へ上へと私の腕をたどって、握りしめたこぶしまでたどり着いたところでかたく閉じた指一本一本を解きほぐしていく。指と指のあいだ、そこに楓ちゃんが自分の指を差し入れ絡ませて繋がった。それから名残惜しそうに胸の先端を食むように口づけて、楓ちゃんが顔を離した。 「みずきさんの優しさに甘えて、これまでの信頼を裏切って」 「かってに、」
頭で考えるよりも早く、反射的に心が私に言葉を紡がせた。
「勝手に私の気持ちを推し量らないで……っ」
からだをどんな風に弄ばれてもよかった。重ねる肌の温かさをずっと想像し求めていたから。けれど心は、私の気持ちは、私だけのもの。繋いだ手を引き剥がした。
「かえでちゃんが、許せない」
声も指先もまなざしも体温も、楓ちゃんを構成するすべてが許せない。もうとっくに許せなくなっていた。
「私をこんな風にして……っ…もっと、物分りのいい…大人で、いたかったのに」
なによりも弱い自分が許せなかった。好きだと認めて向き合うのがこわくて傷つくのがたまらなくこわくて、そんな自分を知られたくなかった。
「泣かないでください」 「やだ……っ…ぅ……」 「みずきさん」
こみあげてくる想いが決壊し涙が溢れて私の頬をぬらす。
「最初は下の名前を呼んでみたいなって思ったんです。でも、それだけでは足りなくなりました。だから、」 「そんなの、だって……あの時さみしいって、だから…ちゃんと駆け引きに……応えなきゃって」 「どうしても帰したくありませんでした」
楓ちゃんのさみしい心は私でしか埋まらないものなら、私たちはずっとすれ違い続けていた。
「一緒に朝を迎えたかったから」 「ばか……っ……ぅ……かえでちゃんの、ばか」
こどもみたいに泣きじゃくって取り繕っていたものも一緒に流れていく。お互いに相手の気持ちを知ろうともしないで大人ぶっていただけだった。
「ごめんなさい」 「もう…やだ」 「きっと経験豊富だろうからと、せめて火遊びみたいにって思ったんです」 「そんなこと、ないのに……全然ちがうのに」
あやすように私を抱きしめる楓ちゃんのからだは温かくて、そっと両腕を背中にまわした。溢れる気持ちを受け止めてくれる、それがなによりも嬉しくてつよく抱きしめた。
「かえでちゃんの体が、こんなにやわらかいなんて知らなかった」 「力強くてたくましい方がいいですか?」
そんな風に聞かないで、そんな風に思わないで、戸惑いがちに問われてむずかるように首を振った。ほしかった言葉をもらうばかりで自分自身はちゃんと返せていなかったことに気づいて心が叫んだ。
「かえでちゃんが…っ……いい」
目を見開き驚く顔を引き寄せて勢いのまま口づけた。想いがちゃんと伝わるように祈るように、優しく重なって、一瞬のふれあいの後に恥ずかしさが追いついてうつむく。
「こんなに、許せないと思うくらい、だれかを好きになったのは初めてなの」
しぼり出すように言えば楓ちゃんが私の額に何度も唇を寄せた。
「私も好きです。食べてしまいたいくらいに」 「そんな言い方は、ずるいわ」
楓ちゃんが私の頬を両手で包みこみ見つめ合えば、左右でちがう色の瞳が私を反射していて、ずっと閉じこめていてほしいと思った。
「みずきさん」 「ん、」 「許してくれますか?」 「いやよ」 「どうしたら」 「ずっと許さない。だから、ずっと一緒にいて」
真摯な眼差しに微笑んでまぶたに口づければ、楓ちゃんが眩しそうに笑った。
「ふふふ」 「な、なによ」 「キスしてばかりですね私たち」
そう言って今度は私の首筋に唇のやわらかな感触。くすぐったさと同時にくすぶっていたさっきの熱を思い出した。
「ぁ…っ」 「かわいい」 「そんなに、見ないで」 「それにすごくきれいです」
朝焼けが空を明るく染めて、あたらしい一日がはじまろうとしていた。世界が輪郭をとりもどし窓から差し込んだ光が私たちを照らす。
「かえでちゃん」 「なんですか?」 「たくさん優しくして」
そっと囁けば、楓ちゃんが困ったように笑って私の下唇をあまく噛んだ。
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