かみさま私たちはあなたのことを畏れません
- violeet42
- 2016年11月14日
- 読了時間: 5分
「やめて。神様に怒られるわ」
放課後、ふたりきりの部室。好きって言ってぎゅっと抱きしめたら、真姫ちゃんが凛の腕の中でよくわからないことを言った。
「かみさま?」 「そうよ。世界はアダムとイヴで成り立っているの」 「あだむといぶ?」
凛の知らない言葉。なんのことかなって少しだけぼんやりしてたら、真姫ちゃんに押しのけられた。
「創世記、知らないの?」
こくんと頷けば、真姫ちゃんが呆れたようにため息ひとつ。
むかしむかし、神様は、楽園にアダムとイヴというふたりの人間をつくりました。 なに不自由なく暮らしていたアダムとイヴ。ただ、楽園には破ってはいけない決まり事がひとつだけありました。 [善悪の知識の実を食べてはいけません] 楽園にある木の実はなんでも食べていいけれど、赤い禁断の果実だけは食べることを許されていませんでした。しかしアダムとイヴはある日、蛇にだまされて禁断の果実を食べてしまいます。ふたりはそこで初めて、罪の意識と恥ずかしいという感情を覚えました。そして怒った神様はアダムとイヴを楽園から追い出してしまいました。
真姫ちゃんが凛にもわかるように、そーせいきについて話してくれたけど、わからないことがひとつ減ってすぐにまたひとつ増えた。
「その話がどうしたの?」
神様が約束を破って怒っちゃった話が、凛が真姫ちゃんを好きだっていうこととなにが関係あるんだろう。疑問を口にした瞬間に、真姫ちゃんはよくわからない表情をした。怒っているような悲しんでいるような諦めているような呆れているような悔しがっているような我慢しているような、そんな、よくない表情。よくわからない表情。
「この話から学ぶことは、世の中の決まり事を破ればろくな目に遭わないってこと」
真姫ちゃんがそっと目をふせた。
「そしてなによりも、神様は楽園にアダムとイヴ、男と女をつくったの。楽園を追い出されたふたりには子どもが生まれて、そして今私たちがいるのよ」
目をふせた真姫ちゃんの睫毛の影がきれいだなって思った。真姫ちゃんはいつだってきれいで、きれいなままで、きれいから抜け出せないでいるみたい。
「よくわからないよ」
いつもみたいにはっきりと意見を言う真姫ちゃんはどこにいったんだろう。
「だから。神様が男と女をわざわざつくったのは、」 「おもしろいから?」 「はあ?」 「柔らかい体と硬い体の2つを作って、比べてみたかったのかも」
あ、よくわからない表情が凛のことを、
「凛は馬鹿だからわからないのよ」
やっぱり馬鹿にした。凛は頭が悪い。真姫ちゃんみたいにたくさんのことを一つしかない頭で考えられないし、先のことを予想して動くこともできない。
「凛は女の子でしょう。私と一緒」
声だけははっきりと凛を拒絶している。しっかりと凛を責めている。
「だからもう変なことしてこないで」
いくらなんでも、さすがにむかむかする。神様神様って、そんなの、
「真姫ちゃんの気持ちを、凛はまだ聞いてないよ」
ぐっと真姫ちゃんに睨みつけられる。震える唇がかすかに開かれてそっと閉じた。 真姫ちゃんが今飲み込んだ言葉はなに?なんでもできる真姫ちゃん。なんでもできちゃう真姫ちゃん。好きなこともやりたいこともたくさんあるって知ってるよ。でも遠慮して怖がって自分で選んじゃいけないって思ってることも知ってる。
楽園でいい子にしてるのは楽しい? 楽園で神様の言う通りにするのは幸せ?
「真姫ちゃんがすきだよ」
凛は馬鹿だけど、でも真姫ちゃんが選択肢を自分で握りつぶそうとしてるってことだけは、なんとなくわかる。教科書に載ってることがすべてじゃないんだよ。凛なら、頭で考えてわからないことは、考えないで心に従うのに。体に任せるのに。
「凛はアダムにはなれないけどそれでいいよ。真姫ちゃんはイヴじゃない、赤い果実だから」
驚いた表情をした真姫ちゃんに距離を詰めてそのままキスをした。
「んっ……や、め………っ…」
じたばた抵抗してくる真姫ちゃんを壁に押さえつける。真姫ちゃんの柔らかな唇に勢いよく歯を立てたらじわりと鉄の味がした。
血だらけのキス。かぶりつくキス。 果実を食べたら、 鉄の味は血の味で、罪の味なのかな?
ごめんなさいって思うよりもまきちゃんの舌の温かさを感じることに夢中で、少しだけ甘くてかすかに漏れる真姫ちゃんの声が凛にとっては大事だった。 そうだ。大事なんだよ。会ったこともないよくわからない神様よりも、目の前にいるわがままでわからずやな真姫ちゃんの方がずっと大事。柔らかい体と柔らかい体で抱き合っちゃいけない理由なんでどこにもない。逃げ回る舌を追いかけて絡ませたらびっくりするくらい気持ちよくて、押さえつけてた腕の力を緩めたら、突然の衝撃。
「痛い」
頬を思いっきりひっぱたかれたのは凛の方なのにって思ったけど、口の周りを血だけにした真姫ちゃんを見てすぐに納得した。
「ごめんね。でも美味しかったよ」
罪の意識も恥ずかしいと思う感情も覚えなかったよ。ただうれしかった。なにもこわくないしなんでもできるよ。
「どうしてくれるのよ…っ」
凛の胸にどんと拳をぶつけながら静かに泣いてる真姫ちゃんの瞳が、鋭い紫が、ゆれている。
「真姫ちゃん」 「きらい」
名前を呼んだら睨まれた。真姫ちゃんの瞳に凛が映って思わず笑顔になる。
「真姫ちゃんだって馬鹿だよ」
思いきり手を振りかざしてまたひっぱたかれそうになったから、慌てて真姫ちゃんの手を掴んでぎゅっと抱きしめる。禁断の果実は甘い匂いがした。
「楽園を出たらなにがしたい?」 「もういっかいキスして」
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