やわらかい夜
- violeet42
- 2016年11月14日
- 読了時間: 9分
あざといくらいに媚びを売って、頭が悪そうな女だと思ったのが第一印象。甘ったるくて鬱陶しい。女として確実に私よりも下だと目にも留めていなかった。
「もう酔ったんですか?」
女子校の制服バトルの一件から、度々食事をするようになった。デザイナーとプレス、同じチームではあるけれどこなす役割が違うから、お互いのテリトリーを侵さずに情報交換ができるのはそれなりにありがたい。
「千冬さんがつよすぎなだけー」 「凪子さんが弱すぎるんです」
給料前になると付き合いが悪くなる彼女に、奢りますよ、と誘いをかけたらあっさりついてきた。見栄っ張りなくせに爪が甘い彼女を、いざという時のために今のうちに飼いならしておければそれでいい。
「歩けますか?」
店を出てから千鳥足で歩き出した彼女の腕を掴んだら、ゆるりと私の腕に自分のを絡ませて寄りかかってきた。酔っ払いの重みがのしかかって鬱陶しい。
「ちふゆさん、ねえ、ちふゆさんってば」 「なに?」 「のみたりないなー」
そういってふらふらとコンビニに寄ってビール缶をカゴにふたつ。雑誌コーナーで週刊誌に手を伸ばそうとした私の横ににこにこと佇んでそっとカゴを押しつけてきた。身体で払うね、なんてくだらない言葉を残してさっさと店の外へ向かう背中を見つめた後に、ため息をひとつ、心の中で悪態をふたつついて会計を済ませる。もちろん私のお金で。
「で、家で飲み直すんですか?」 「うん?」 「いやだから、」 「なぎこのお家、とおいし」
足取りはおぼつかないのに、目的を持って歩いているからてっきり彼女の家で飲み直すのかと思っていた。プシュっと威勢のいい音がして隣に視線をやれば美味しそうにビールを飲み下している。
「おいしー」
ごくり、ごくり、のどが鳴る。反らされた細い首筋が街灯に照らされて肌の白さが際立つ。ごくり、もっと間近で生唾を飲む音がきこえた。
「最近、セックスしてないでしょう?」
思ったことをそのまま口にしたら彼女が勢いよくビールを吹き出して盛大に私の服を濡らした。シルクのシャツが胸元にはりついて気持ち悪い。思わず彼女を睨みつけようとしたらしどろもどろになりながら咳こんでいて、馬鹿馬鹿しくなってまたひとつため息。
「…ごほっ……ごほ…っ…な、な、な、」 「汚い」 「っていうか先に変なこといったの、千冬さんじゃん」 「色気もへったくれもないことをするからでしょう」 「なぎこにだって男の一人や二人いるもん」 「どうでもいいから責任とってください。どうするんですかこれ、結構高かったんですけど。」
不貞腐れている彼女に真顔で問い詰めたら気まずそうな顔で少し考えた後、笑顔を引きつらせて提案してきた。
「えっと、なぎこの家近いからとりあえず着替え貸すね」
このうそつき女、本当にどうしようもない。
呆れ顔で黙っていたらぐちぐちと言い訳をし始めて、もうなんだかやけになって彼女が手にしていたビール缶を取り上げて一気に飲んだ。
「あー!なぎこのビール!」 「当然の報い」 「もうひとつあるからいいもんね」
そう言ってビニール袋に入ったもう一缶を開けごくりと一口飲んだ彼女がいたずらっ子のように笑うから、ついついむきになってまた缶を取り上げて私も一口飲む。
「ずるいー」 「もともと私のお金でしょ」
一缶を交互に分け合って飲んでいたら段々と酔いがまわってきて、お互いに肩をぶつけながらふらふらと歩く。 見上げた空に浮かぶ月がやわらかく滲んでいた。なんでこんなことしているんだろう。なんでこんなに世界がやわらかく見えるんだろう。なんで損ばかりさせられているのにこの人の隣を歩いているんだろう。
「なんかへんなかんじ」 「え?」 「こんなにはしゃいで学生みたい。なんでだろ」
ゆるりと私の腕に自分の腕を絡ませて寄りかかってくる。酔っ払いの重みがのしかかって鬱陶しいはずだったのに、今はただあたたかいと思った。
「千冬さんってこわいよね」 「いきなりなによ」 「なんか、うん。でも今日はこわくない」
きっとアルコールに毒気を抜かれてしまった。ふわふわと夢みたいな感覚が全てを満たしている。敵とか味方とか嘘とか本音とかそういうこれまでの現実が遠ざかって、今の私たちは現実を帯びていないだけ。月も電柱も車もあなたも、目に見えるもの全てがやわらかいから。
ぼんやりと歩き続けていたら温もりがするりと消えて、振り返れば彼女が立ち止まって手招きしていた。
「こっちだよ」
閑静な住宅街にまぎれるシンプルなマンション。エントランスで部屋の番号を入力する彼女の指先をじっと見つめていたら自動ドアが開いて温かい空気が流れてきた。そのままエレベーターに乗り込んでほっと一息つく。
「ちょっと準備するからドアの前でしばらく待っててくれる?」 「別に部屋が汚くても気にしないけど」 「汚くなんかないもん」 「じゃあいいじゃない。寒いからさっさと入れてよ」
言った瞬間に手を取られぎゅっと繋がれた。私よりも冷たく、さらりと少し乾燥した手。繋いだ手を左右に大きく揺らして子供みたいに彼女が笑う。頭の奥でなにかが音をたててくずれた。
「なぎこよりあったかいじゃん」
視線を逸らし1、2、3と上がっていく数字を見つめながらするりと自分から手を離す。はやく、はやく、もどかしくてたまらない。4階で止まったエレベーターがゆっくり開いて、部屋のドアの前まで案内される。彼女がもたつきながらもバッグから鍵を取り出して鍵穴に差し込めば、カチャリと想像以上に大きな音が響いた。
「千冬さん、その手はなに?」 「早く入れて」
ドアノブに手をかければ彼女が手首を掴んで引き剥がそうとする。
「ちょっとくらい待ってもいいでしょ」 「待てない」 「なんで、……んっ」
ドアに彼女を押しつけてそのまま触れるだけのキスをした。ひやりと冷たい下唇を自分の唇で挟みこんでやわらかさを堪能する。
「こういうこと、したいから」
大きく見開いた目がしばらく私を見つめた後、ぐっと肩を押される。
「酔っ払いすぎ。ふざけすぎ。もう、さいあく」
純粋な戸惑いと動揺を隠さずに私を見つめる。ドアに手をついてもう一度顔を近づけたら顔をそらせて抵抗するから、強引に引き寄せてドアを開けてもつれるように玄関に押し倒した。
「千冬さん」 「なあに」 「どいてくれるかな。なぎこ、こういう趣味ないんだけど」 「案外いいかもしれないわよ」
いつもより随分低めの声音で牽制するわりには瞳に怯えの色が出ていて笑みがこぼれる。
「身体で払ってくれるんでしょ」 「ふざけないで…っ…絶対に言いふらす」 「そしたらあなたも追い込まれるだけ」
私の腕から抜けだそうともがくから両手首を掴んでそのまま上でひとつにまとめて拘束した。これ以上暴れないように太ももの上に腰を下ろす。
「ただじゃおかないから…っ」 「それは楽しみね」 「やだやだ、やだっ」
お腹の方から手を差し入れてニットを上へ上へと押しあげれば色気のないベージュのブラ。
「下着にも気を遣ったら?」 「…っうるさいだまれ」
そのままスカートにも手をかけてサイドのファスナーをゆっくり下げればブラと同じ色のショーツが露わになった。顔を見やれば下唇を噛み締めて屈辱に耐える表情がたまらなくてもっともっと辱めたくなる。
「これ、いつ買った下着?」 「ころす」 「物騒ね、そんなこと言っちゃだめよ」
囁いて白い首筋にキスを落としたら、くっと息を殺す気配がしてそのまま何度も何度も唇でやわらかく食む。もう拘束は解いているのに抵抗しないのは諦めているからなのかそれとも、
「かわいい」
ブラを押し上げて露わになった少し控えめな胸はもう桜色の先端がぷっくりと主張していて、誘われるように口に含んだ。
「や、だ……ぁ…っ……」
ちゅっとキスをした後に舌先を尖らせて輪郭をなぞるように舐めれば彼女が腰を浮かせてぎゅっと目を閉じた。
「やめ、…こんなの……ん、んっ…」
親指で先端を押しつぶして弾力を堪能しながら耳のふちを甘噛みして息をふきこむ。
「男とするのと、どっちがいい?」
口にした瞬間に頬を叩かれて唖然とした。ぼろぼろと涙をこぼしながら私を睨みつける彼女がなにかを言おうとしてそのまま悔しそうに口をつぐんで、私の肩にぐりぐりと額を押しつける。
「…っ…さいて、い」 「私とするの、いや?」 「きもちわるい」 「ほんとうに?」 「かえって」 「このまま私を帰していいの?」
最後は低めに囁いた。このまま頷けば本当に帰るつもり。もう十分に弱味は握れたし、なによりもさっきから拒絶されるたびに湧き上がる嗜虐心と、はっきりと傷ついている自分の感情がちぐはぐで心が軋む。
「どうせにげられないんでしょ」 「逃げてもいいわ」 「言いふらすくせに」
甘い声や肌のしっとりとした感触、誰かに言うなんてありえない。これは私の記憶、私の思い出。
「絶対に言わない」
彼女がぎゅっと私のシャツを握りしめた。そっと離れようとすればかすかな力で引き寄せられる。
「脅しなさいよ……っ」
悔しそうに我儘を言って目を伏せた瞬間に涙か一筋流れた。どっちがずるくて卑怯なのかなんてもうどうでもいい。堪えきれずに両手で彼女の頬を包んで噛みつくようにキスをした。
「ん…っ…ふ……ぅ……」
下唇をそっとなぞった後に口内へ舌を伸ばして絡ませる。されるがままの舌を夢中で噛んで撫でて翻弄すれば彼女が息苦しそうに眉間を寄せるからそっと顔を離した。
「下手ね」 「うるさい淫乱」
そのままゆるりと抱きしめたら彼女もおずおずと背中に手を回してきて見えないようにそっと微笑む。やわらかい。尖った言葉とはうらはらに、やわらかくあたたかかった。
「ビールくさい」 「だれのせいよ」
雰囲気をぶち壊してどこまでいっても素直にならない彼女がしかめっ面をしながら私のシャツを引っ張るから、一度身体を離して立ち上がり自分のシャツを脱ぎ捨てた。次にタイトスカートに伸ばそうとした手を止める。
「ねえ、脱がせて」
彼女の手をとって腰へと導く。かすかに震える指先がファスナーをそっと下ろした。ぱさり、とスカートが落ちたのを拾って彼女に手渡す。
「なに?」 「たたんで」 「……なんで、」 「あなたのだからよ」
彼女がTATSUKOYANOに入社してすぐにデザインした、黒いシンプルなデザインで裾の部分にレースがあしらわれているタイトスカート。デザイン画の段階で心惹かれていたけれど実物を見たときに息をのんだ。純粋に服が好きでファッション業界に飛び込んだ最初の頃を思い出して久しぶりに胸が熱くなったのを今でも覚えている。 そっとひとつ深呼吸。畳まれ床に置かれたスカートをひと撫でして彼女に向き合う。
「あなたのデザインする服が好き」
彼女の手をとってキスをした。 声にならない声がきこえて見上げれば涙で顔をぐしゃぐしゃにした彼女が顔を真っ赤にしている。
「あたり、まえ…でしょ……っ」 「かわいくない」 「こっちの、台詞…だし」
甘ったるくて鬱陶しい女。駒として利用できればいいと思っていたのに知れば知るほど固執し始めている自分がいて、気がつけば深みにはまっていた。アルコールが私の背中をやわらかく押したから、手を伸ばすことができたのだとしたらこんな夜も悪くない。
「続き、していい?」 「……拒否権ないくせに」
あくまでも本音を言わない彼女の頬をするりと撫でたらまた泣きそうな顔をするから、素早く唇にキスをして笑いかけた。大人の余裕と幼い悪戯心。本当のあなたはただの臆病者。失うのがこわいなら、ほしがってあげるから。
「そんなものとっくに捨てたでしょ」
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