後ろの正面、嘘だらけ
- violeet42
- 2016年11月14日
- 読了時間: 6分
かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 、
うずくまって目隠ししたわたしの周りを子供たちがぐるぐる周る。笑い声、ささやき、足音、単調な歌が終わって沈黙。いつも一人だけわかった。あなただけはわかる。背後にいるのはわたしの、
「穂乃果ちゃん」
名前を呼べばあなたが振り向いて、なんにもわかっていない無垢な瞳でわたしを見つめた。高校生になってもあの頃と変わらずにみんなの中心にはいつもあなたがいる。 大丈夫だと思っていた。時間をかければ手に入ると思っていた。わたしとあなたのかけがえのない思い出たちが、時間が、たった一瞬に攫われるはずないと思っていた。なのに、
「穂乃果ちゃん、」
恋に落ちる瞬間をみた。 好きな人が恋に落ちる瞬間に立ち会ってしまった。こんな簡単に人は恋をするんだ。十年以上大切に大切に温めてきたわたしの恋心は、行き場を失ってふらふらとさまよう。心底嬉しそうにあの人と話していたあなたはどうしようもなく愛しかった。だけどそれを向ける相手を、あなたは履き違えていることに気づいていない。
苦しくてやさしくて切ない眼差し。知ってる。知ってるよ。その眼差しをわたしは知ってる。だって、わたしも同じ眼差しであなたを見てるから。あの人が嫌い。あの人を想うあなたは好き。
「ことりちゃん」
あなたがわたしの名前を呼ぶ。
「ねえ、ことりちゃん」
あなたがわたしの名前を呼んでいる。
「どうしたの?」
屋上なんてありきたりな場所に呼び出したんだから、どうしたの、なんて聞かないで。見上げれば鉛色の空。冷たい風にさらされて、かすかに震える。
「叶わないよ」
抱きしめて腕の中に閉じ込めた。あなたの柔らかさも温もりも、わたしのものになるはずだったものだから。
「がんばっても叶わないよ。これまでとは違うよ。努力じゃどうにもならないことってたくさんあるし、穂乃果ちゃんは今までそれを経験してこなかったでしょう。わかってるのにわからない振りをしているでしょう。叶わない。叶わないの。笑顔を振りまいて汗を流して手を差し伸べても、意味がないって、知ってるよね」
恋をするってなんだろう。 恋に落ちた先は真っ暗で、こんなはずじゃないと叫び出したかった。恋は盲目。恋は、状態。恋に侵されて蝕まれて、振り向いてくれるまで甘い地獄で耐え続ける。
「そうだね」
そっと背中に回された腕が、わたしを柔らかく包む。
「でも、やめられないよ」
とんとんと、あやすように背中を優しく叩いてわたしの腕の中からあなたが離れた。
「ほしがるのをやめることはできないよ」
思い通りにならない世界がきらい。好きになってくれないあなたがきらい。好きな人を不幸せにするあの人がきらい。かなしい笑顔が心を射抜いて、苦しくて悲しくてそのまま駆け出した。 いつだったか、すました碧眼を睨みつけたことがある。あの時、あの時に言ってやればよかった。言ってやらなければ気がすまない。
人のもの、とらないでよ。消えてよ。 早く卒業すればいいのに。
籠の中でもがいてあがいて出口を求める。冷たい床を踏みしめて生徒会室へと急いでいたら、ぎゅっと腕を掴まれた。
「どこへ行くんですか」 「放して」 「なにをしに、行くんですか」 「放してよっ」
きっとみっともない顔をしている。掴まれた腕を振りほどこうとしたけれど、力の強さには敵わなかった。
「穂乃果が心配していました」 「わたしの心配じゃないくせに」
冷たい足音が廊下に響く。どこに行っても変わらない。籠の中の鳥はどこにも行けない。だけど、だから、
「どいて」 「いやです」
どうして、どうして、どうして、どうして、
「わたしはあの子のために、あの子の我儘で、人生のチャンスを棒に振ったんだよ…っ…わたしには権利があるっ」 「ことり、」 「わたしのものにする権利があるのっ」 「いい加減にしなさい!」
怒りと悲しみをいっぱいに溜めた瞳がわたしを睨みつける。苦しくてやさしくて切ない眼差し。そんな顔で見ないでよ。
「ひとの想いを踏みにじる権利はだれにもありません。あなたにも、そして私にもないのです。だから、」 「人のものを盗るなんて許せない」 「穂乃果はあなたのものでは、ないでしょう」
反射的に頬を叩いた。黙って受け入れた親友はただただ傷ついた顔をしている。勢いに任せて駆け出そうとしたのに放してくれなくて、そのままもつれるように転んだ。
「ちがうっ」
ちがう。こんなのちがう。制服のブレザーにしがみつかれて前に進めない。振りほどいてしがみつかれて、鬱陶しくて何度も何度も頬を叩く。鼻血を手の甲で拭って、それでもひたすらにしがみついてくるから、うんざりしてとうとう首に手をかけた。ぐっと力を込めて追い詰める。
「わたしとセックスしたい?」 「そん、な…」 「それで気が済むなら、」
親友が苦しそうにもがいてわたしの手の甲に深く深く爪を立てた。痛みに顔をゆがめて手の力を緩めた途端に頬に衝撃。じんじんと熱が私を責め立てる。痛い。ねえ、痛いよ。
「馬鹿にしないでください…っ」
わたしの胸倉を掴んで搾り出した声。小さく掠れた声。涙をぐっとこらえて唇が震えている。うまく息ができない。みんながわたしの邪魔をして、大切なものからわたしを遠ざけてしまう。突き飛ばしてすがりついて、引きずりながらもどかしい距離を詰めていく。
「放してよっ」 「い、や…です…っ…」 「どうして…どうしてほしいものが手に入らないの?」 「私は、」 「恋がこんなにつらいなんて思わなかった…っ…」
叫ぶように鋭い言葉を投げつけて、これはただの八つ当たり。憂さ晴らし。ブレザーを脱ぎ捨てて走り出す。生徒会室はすぐそこだった。あと少しなのに、追いかけて追いついて肩を掴まれた。ぎりぎりと肩に指が食い込む。
「あなただけじゃありませんっ」
ぼろぼろと静かに泣きながらはっきりと言葉にする。親友の言うことはいつだって正しくてつまらない。いつだってやさしすぎて残酷。
「あやせえ、…っ…」
一番嫌いな人の名前を叫ぼうとしたのに、とっさに口を塞がれた。口を覆う指を思い切り噛んだら鉄の味が広がる。気持ち悪い。わたしとあなたの必死さが、みっともなくて情けない。生徒会室の扉はかたく閉ざされたまま開かない。きっと聞こえているはずなのに、きっとわかっているはずなのに。 じっと耐えていればきっとわたしの順番がまわってくると思っていた。かごめかごめ、籠の中の鳥は、狭い世界から連れ出してくれるあの人をずっと待っている。
「どうか、どうかお願いだから…っ…これ以上、自分を傷つけるのは…やめて、くださいっ」
涙でぐしゃぐしゃになったあなたの静かな祈り。消え入りそうな祈り。
「誰かを傷つけても、あなたが傷つくだけです」
どこでおかしくなったんだろう。かすかな甘さと身を切るような痛みに、いつまで耐えればいいんだろう。傷ついて見切りをつけて壊れたら少しはましになるのかもしれない。
「きらい」 「好きです」 「きらい…っ」 「それでも私は、あなたのことが好きです」
もう疲れた。想うことも想われることも。そのまましゃがみこんでうずくまって目を閉じた。想いがぐるぐる周る。乱れる呼吸、嗚咽、衣擦れの音、すべてが馬鹿馬鹿しくなって沈黙。
「ことり、」
小さく震える声。そっと肩に温もりが訪れた。
「あなたを幸せにするには、私はどうしたら…いいですか」
わたしを背中ごと強く強く抱きしめるあなたは、あの子じゃない。
後ろの正面だあれ?
「海未ちゃんには、無理だよ」
最新記事
すべて表示印象党の のぞえり漫画「わたしの青夏」の掌編版。内容は漫画と一緒。 (とくべつはざんこく) 葉と葉の間から射し込む木漏れ日ですら容赦がない。擬音をつけるならギラギラ。空がぐっと近くなって太陽が自分の目が届くものすべてをじりじり焦がしてそれから蝉が鳴いて土と草の匂いが濃くなる...
大きなプロジェクトを任されて私も一人前の社会人として認められるようになったと実感できるようになった。なによりも家のことを全部やってくれて私を癒してくれる希のために、その分私が会社でしっかりと働いて胸を張って希の隣にいられるように頑張れるのはとても誇らしい。 「ただいま」 ...
※援助交際ネタ注意 「こんなにもらってええの?」 「ええ、いつも楽しませてもらってるから」 そういってうちのむき出しの肌に一つだけキスを落として皺ひとつないシャツをサラリと羽織る絵里さん。 「今度は希ちゃんがひとりでしてるところが見たいわ」...