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さみしがりやはだれのせい?

  • violeet42
  • 2016年11月15日
  • 読了時間: 6分

 大きなプロジェクトを任されて私も一人前の社会人として認められるようになったと実感できるようになった。なによりも家のことを全部やってくれて私を癒してくれる希のために、その分私が会社でしっかりと働いて胸を張って希の隣にいられるように頑張れるのはとても誇らしい。

「ただいま」 「おかえり」

 もうとっくに日付が変わった時間までずっと起きて待っていてくれる希が、パタパタとスリッパの足音を立てながらすぐに迎えに来てくれるのがとても愛おしい。この笑顔があるから私は今日も明日も明後日も希のいない会社でくじけずに頑張れる。お決まりのお帰りのハグをしようとしたら希の顔が少しだけ疲れているような気がしてそのまま動きを止めた。両手を広げて私を受け入れる体勢をしていた希がきょとんと不思議そうに首をかしげる。

「希、あんまり遅い時は寝てていいのよ」 「ううん、えりちが帰ってくるまで待ってたいから」

 そんな事を言われてうれしくないわけがない。でも私のペースにつき合わせて希に無理をさせるわけにはいかないから。希は自分の気持ちを伝えるのが少し不器用だから。いつだって一番に私が気づいてあげたいの。

「それに疲れてるのはえりちも一緒やろ」 「だめよ。私は体力があるから大丈夫。うまく会社でも立ち回れているつもりだし」 「でも」 「希が体調を崩したりしたら心配で会社に行けなくなっちゃうから」

 めずらしく食い下がる希をなんとかなだめてそっと抱きしめた。無理をしないで。あなたには笑っていてほしい。

「これから週末までは忙しいけど自分でできる事は自分でやるから。希に迷惑かけないように頑張るから。ね?」 「えりちは、」 「ん?」 「ううん、なんでもないよ」

 耳元で希が小さく呟いて私の胸にすり寄ってきたからそのままぎゅっと力強く希を抱きしめた。それから数日間、自分でできる事はなんでもやってきたつもり。希と過ごす時間が減ってしまうのは寂しいけれど今は我慢して私が頑張らないと。夜遅く帰ってきてテーブルに用意されたご飯を一人で食べるのは寂しいけれど私ばっかり希に甘えるわけにはいかない。仕事に追い込まれて忙しくなってきて、二人で過ごす貴重な朝食の時間さえも睡眠時間に充ててしまうようになって出勤ぎりぎりに準備するようになった。そんな時でも希は温かく私を会社へと送り出してくれる。

「気いつけてな」 「ええ。希、大丈夫?」 「うちはえりちの方が心配」 「私は希がいてくれるだけでいいから」 「うん。うちも」

 困ったように笑う希に後ろ髪を引かれながらもそのまま会社へと出勤した。  それから働いて働いて何枚も企画書を提出して気の遠くなるような枚数の再提出をもらったりして心身ともに満身創痍で燃え尽きそうになった時、

「絢瀬さん。よくここまで頑張ったわね」

 上司からようやくお墨付きをもらって、感極まってちょっと涙が出そうになった。早く希に会いたい。企画書の後片付けをしていたら予想以上に時間が過ぎてしまってはやる気持ちを抑えきれずに会社を飛び出した。やっとマンションに着いてエントランスに入りエレベーターの4階を連打するけれどなかなかやってこないからそのままの勢いで階段を駆け上がって勢いよくドアを開けた。

「はあっ…はっ……た、ただ…いまっ」

 息を切らしながら希が迎えに来てくれるのを待っていたけど一向にやってこない。それどころか部屋中の電気がついてなくて人の気配がまるでない。

「いないの?いるなら返事を、」

 リビングにもキッチンにもトイレにもバスムールにも誰もいなくて不安になりながら最期の砦のドアを開けた。

「あの、」

 おそるおそる寝室に入ればベッドには人一人分のふくらみがあってとりあえずほっと胸を撫で下ろした。

「希?どうしたの?」

 話かけても全然反応してくれなくて、もしかして体調が悪いのかもしれないと電気もつけずに慌てて駆け寄ってシーツをめくった。

「えっ」

 予想もしてなかった光景を目の当たりにして呆然としてしまう。  希が、希の白い身体が、惜しげもなく目の前に晒されていて思わず生唾を飲み込んでしまった。普段恥ずかしがってお風呂でもしてるときもなかなか見せてくれない希の妖艶な身体がこんな無防備にベッドに横たわっているこの状況がつかめなくて混乱してしまう。

「うぅ……ひっく…」

 しかも大きくて柔らかそうな胸やゆるやかで美しい曲線美を生み出している腰周りをシーツで隠しながら希が泣きじゃくっているから私はどうしたらいいかわからなくなった。

「なんで、こんな」 「うちのこと…はしたないって嫌いにならんで……」 「それってどういう、」 「えりちのお仕事がいそがしいのは仕方ないことやのに、えりちにさわってほしくて…うち、」

 仕事にかまけて大切な事を見失っていた。希のためにと思っていた事はただの押し付けでしかなかった。一番に希の気持ちに気づいてあげたいなんて、私の勝手な自惚れでしかなかった。もっと希のことをわかってあげなきゃ私がいる意味なんてない。

「うちは、どんなに遅くなっても……えりちにおかえりって、言いたいよ」 「うん」 「えりちのつらさも、うちに分けてほしいから」 「うん」

 希が顔をくしゃくしゃにして泣きながら思いを伝えてくれる、こんな可愛い人に寂しい思いをさせて私は何をやっていたんだろう。

「さみしくさせて、ごめんね」 「ううん、うちのわがままやから」

 せっかく素直に思いを伝えてくれたのにすぐに本心を隠してしまおうとする。私があやまればうちがわるいと自分を責めてしまうのは、きっと希のわるい癖。

「でもお布団の中で、裸になって待っちゃうくらい私にかまってほしかったんでしょ」 「それは…もうっ…」

 真っ赤になって希がシーツを引き上げて顔を隠すから、シーツの上からちゅっと唇にキスをおとした。

「えっち、したかった?」 「うちばっかり聞くのはずるいやん」 「私はいつだってしたいから質問の意味がないの」

 ばか、小さい声で希がかわいい反抗をしたからまたキスをしようとしたら、

「くちには、してくれんの?」

 希は顔を真っ赤にさせたままおずおずとシーツを首まで引き下げた。

「待って」

 顔をそっと近づけて唇がふれるギリギリのところで動きを止める。

「なんでいじわるするん…」

 希がフライングして顔を近づけたからちゅっと唇の触れ合う音がした。

「もう、待ってって言ったのに」

 二人でおでこをくっつけてくすくす笑った。こうやって素直に甘えてくれる希が一番好き。思いを隠したり我慢したり背伸びをしないありのままの希が大好き。

「仕事ね、もう忙しくないから」 「ほんと?」 「うん」

 あんなにさみしがって泣いていたのに、今度はうれしがってきらきら笑う希がうれしくていとしくて、そのままシーツの海にダイブした。

「きゃっ えりち?」

 希に覆いかぶさるようにぎゅっと抱きしめてベッドいっぱいにころがった。二人でこんなに子供みたいにはしゃいで遊ぶのは青春時代のあの頃みたいで胸がじんわりとあったかくなる。

「ねええりち」 「うん?」

 希の柔らかな体を両腕にしっかりと閉じこめて耳元でささやいた。

「うちも、いつだってえりちにさわってほしいよ」

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